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2019/04/25

当時としてはブラックだった?大学卒業後に入った会社

今日、就職した長男の初任給の日で、25日支給だったけど、丸々1か月分もらえたらしい。ひと安心。

私は、バブル期の就職だったにもかかわらず、業界などの焦点が定まらず、就職活動期の回り方も間違えて、まあ、就職は失敗した方だったのではないかと思います。一部上場企業の中堅機械メーカーに就職したんですけどね。まだ昭和の時代の話です。

まず4月1日より前、1週間早く研修が始まるから集まってくれとのことで、寮に入ったら、その1週間分の賃金はたった1万円。そこで気が付くべきだったんですよね。同じ大学出身で早々に退職した人もいました。初任給は末締めの翌10日払いなので、最初にお給料を手にしたのがゴールデンウィーク後の5月10日。研修時期は営業は全国から集まって、皆寮住まいだったので、遠い人はゴールデンウィークはお金がなくて帰省に困ったでしょうね。まあ、当時の平均的な初任給は11-14万円台と低かったですが、それでも、他社に就職できた人は、バブル期なので3-4年目で年収500-600万円は行っていたと思われる時代です。

5月下旬で仙台に配属。営業は残業がつかなかったけど、毎日21時までは会社にいて、土曜日は自主出勤になってました。部屋代を2万ほど引かれて、手取りは10万前後だったと思います。それで一人暮らし。7月に最初のボーナスが出るのですが、金額は3万円。やっぱりここで何これ?が出ちゃいましたよ。そうして、冬のボーナスも月割計算があって、新入社員最初の9か月間で源泉徴収票は総額(手取りじゃないよ)で165万円ほどだったと思います。業績は上がらず、クビにすると言われて、それと隣合わせの仕事でした。その時簿記2級に受かってますが、上司からは「そんなことに力を入れるんなら、業績上げろ」とのことでした。

2年目からは本社に転勤になりましたけど、残業は上司の裁量で付くこともあればつかないことも。実際2時間以上残らないとつかない仕組みでもありました。海外からのお客さんを夜成田まで送りや迎えに行ったり、会社の寮に泊めてその付き添いで泊まったり、休日ディズニーランドや鎌倉に連れて行ったり。「接待含めて、お前も楽しんだんだろ」ということで、休日手当とか泊まり手当とか、一切なしでした。飲み会で上司も言ってましたしね、「この会社の生涯賃金は他の会社の6割程度」。

まあ、経理を元々やりたかったのが本社でも別な仕事だったし、退職への布石になってました。そしてけっこう働いたつもりが、毎年源泉徴収票を見ても、あのバブルの時代で総額300万をやっと超える程度。アメリカに行ったきりになる前に、入社4年目で退職を切り出し、その半年後に退職して、現在に至るわけです。会社内での人間関係は良かったですけどね、この仕事量でこの給料はないだろうと。あとは今の仕事ができる基礎を養った場所でもありました。そういう意味ではいい経験ではありましたけど。

今の自営業もけっこう儲かった時代もあったけど、今はそれなりです。ただ、仮にいくつかの他社で就職できていたとしても、その後に傾いたりしているので、今頃になってリストラに遭っていた可能性を考えると、やはり今の仕事が一番なのだなあ、と思います。今の仕事があってこそ、ホームページやブログも存在出来ているわけですし。

(追記5月29日)今ネットで労働条件とか分かるサイトがいくつかあるので、見てみたら、最近は残業代がまともに出るようになったみたいですね。平均給与も昔に比べて割といいみたいだし。そういうことで、勤めていた会社名の公表はいたしません。

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