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2006/07/21

音を楽しむジャズ、アートとしてのジャズ

昨日書いたことの続きなんですが、音楽としてのジャズはアートの側面と、音を楽しむ側面とあるような気がします。あまり深くは考えていませんけれど、たくさんジャズやフュージョンのCDを聴いてきて、自分は、いかに音が流れている間に、そこの世界に深く沈みこみ、そしてノレるか、しかも音の本質を分かろうと努力するか、という方向にベクトルが向いているような気がします。なおかつ、じっとして聴いているわけでもない、自分があります。

ですので、自分は楽しむのとアートに踏み込む(つもりだけなのかもしれませんが)と半分半分の位置にいるんではないかと思います。’80年代後半にM-BASEという、ジャズでは異色の世界にハマリこんでから、オーソドックスなジャズも聴けばECMのような異端なジャズ(時にクラシック、現代音楽)も聴く、と新しいモノ好きかつ興味の範囲は幅広いです。

ただ聴くだけでは面白くないから同時にアルバムコメントも書いていって、結果としてホームページなりブログなりの形として残る、と。結局は好き嫌いに軸足を置きつつ、良し悪しも判断できるようになるのが目標なんですけれど、それはアートに近づくことであって、楽しさよりも真剣さが要求されるような気がします。

そこで、音を聴いている間はそれでノレてしまう楽しい側面も持っていなければ続かないよね、とも思うわけです。ジャズは楽しい音楽ですよ、というアピールもなければついてくる人もいなくなってしまうわけで。

「あー、この音面白いしスゴいなー。」というのがマニアックすぎて他の人が分からない、という現象、自分も経験があるし、よその掲示板やホームページ、ブログなどを見ていて思うこともあります。似ている範囲に興味を持っている人がいれば、それはそれで楽しくなりますし。アートと音を楽しむ、両方でバリバリ数をこなせているような自分があるような気がします。いずれ聴き方も変化していくでしょうけれど。

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