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2006/06/25

受験浪人の頃

大学を卒業して就職した機械メーカーですが、2年目からは海外事業部に配属されて(と言いつつ海外出張はなかったですが)、仕事は確かにやりがいはありました。ただ、どんなにハードに残業や休日出勤をしても、入社4年目の源泉徴収票で年収300万円ぐらいだったので、危機感を覚えるとともに、上司との関係も良くなかったときもあったのも退職のひとつの要因かも。海外事業部だったので、母を一人置いて、外国への転勤の可能性もあったですし。昭和63年4月に辞めると宣言、しかし、これは9月まで慰留されて、結局9月に会社を辞めることになりました。税理士受験をする、と宣言しての退社です。退職金は4年半勤めてわずか20万円ぐらいでした。

けっこう景気が良い時だったと思うし、親はサラリーマンだった(父親はすでに他界)ので、会社を辞めるのは宙ぶらりんになる気がして、ものすごく抵抗がありました。でも、まだ27歳だったし、何とかなるかな、という気持ちもありました。

しかし実際のところ、その辞めた年の10-12月の3ヶ月間は、小さい頃から描いていたこともある、マンガを描くのに明け暮れてました。大量に描いて出版社への持込みや郵送の応募もしましたが、全滅。歳がいっていること、学歴があること。でも、何よりも実力がないことが直接の原因でしょう。結果的にすぐあきらめて良かったですが。

こんなことをやっていてもしようがないので、その年の暮れにTAC(税理士の受験予備校ですね)へ入学しようとしましたが、今からでは遅い(通常の本科生だと9月始まりのクラスでないとなかなか受からないらしい)と言われながら、1月開講の本科生クラスへ無理やり入学、猛勉強をしました。その頃はジャズも聴きはじめていて、CDも少しずつ増えていきます。そして、税理士の受験科目は5科目だったのですが、そのはじめての受験の年(平成元年)に3科目受けて3科目とも受かってしまったんですね。各科目とも合格率が実際の受験した人に対して10%前後なので、これは奇跡に近いことらしかったです。人生の転機ともなる出来事でした。

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